FC2ブログ
毎日のつれづれを綴った日記。
2007年08月04日 (土) | 編集 |
先日、作詞家・阿久悠氏が亡くなった。

ワイドショーで、氏の作詞した曲が流されていて、八代亜紀の『舟唄』が流れてきた時、”そうか『舟唄』って、阿久悠の作詞だったんだ。”と、感慨に浸る。



私は、演歌というものが苦手だった。

小・中学生の頃、年末のNHK紅白歌合戦を家族で観ていたのだが、西城秀樹・郷ひろみ・などのポップス系(?)の歌手が歌っていると、決まって母が「どこがいいんだか分からない。」と文句を言う。

そして、北島三郎や都はるみなどの演歌になると、「やっぱり演歌がいい。歌がうまいし。・・・」と言っていた。毎年、母の苦言を聞きながらの紅白だった。

こちらに言わせれば、”演歌のどこがいいのか分からない”・・・である。紅白の後半の演歌対決には、”歌が長い・・・”とウンザリだった。

その私が、演歌を聴いて泣いたのが、八代亜紀の『舟唄』だった。と、言っても、歌番組で八代亜紀が歌っているのを観て泣いた訳ではなく・・・。


あれは・・・、フジTVのドラマ『オレゴンから愛』の中で、日系2世の青年(寺泉 憲)が、日本から来た日本人女性(確か・・・伊藤蘭だった?)に、「”あぶったいか”ってどんな魚か?」と聞くシーン。

この青年が八代亜紀の『舟唄』が好きで、この歌を聴きながら、まだ一度も訪れたことの無い日本を想っているのだが『舟唄』の歌詞の中の♪さかなは、”あぶったいか”でいい~♪の”あぶったいか”というさかなが、どんなさかなか分からない・・・というもの。

外人さんが聞くなら、”そんな魚なんて無い”と、笑い話になるところである。
しかし、”炙ったイカ”なんて、日本人なら誰でも分かるものが、日本を遠く離れたオレゴンに住む日系2世の青年(寺泉 憲)には分からない・・・。

それが、とてもせつなくて、何だか悲しくて泣けた。
確か、”炙ったイカ”だと知って、青年(寺泉 憲)が涙を流す場面があったような・・・。
流れる『舟唄』が心に沁みてきて、改めていい歌だと、思ったものである。


『オレゴンから愛』
両親を亡くして、オレゴン州に住む伯母夫婦(古谷一行・木の実ナナ)に引き取られた9歳(10歳?)の少年のお話。1984年に連続ドラマとして放送されて、1985~1988年まで年一回のスペシャルドラマとして放送された。
  
  オレゴンから愛ロケ便り

阿久悠の才能って・・・計り知れない。
各局のワイドショーで阿久悠を追悼して流れた歌で、知らない歌が無い。それも、全て歌える。

作品集を見ると、「デビルマン」「宇宙船艦ヤマト」「ウルトラマンタロウ」「ピンポンパン体操」等のアニメ・子供番組関連の歌から、「北の宿から」「津軽海峡冬景色」「舟唄」「雨の慕情」等の演歌。
「ペッパー警部」に始まるピンクレディのヒット曲の数々。
「勝手にしやがれ」「時の過ぎ行くままに」「カサブランカ・ダンディ」等で一世を風靡したジュリーの歌達。
「私の青い鳥」の桜田淳子から「せんせい」の森昌子・「ロマンス」の岩崎宏美達のアイドルの歌。

伊藤咲子の「ひまわり娘」や「木枯らしの二人」なんて、未だに私、鼻歌で歌ってるし。

フォーク系(?)の「青春時代」は、森田公一の作詞作曲だと思っていた。ペドロ&カプリシャスの「ジョニーへの伝言」や「五番街のマリーへ」も阿久悠だったとは・・。そして、Charの「気絶するほど悩ましい」まで作詞してしまう、ジャンル(幅)の広さ。恐るべし。

ご冥福をお祈りします。


   阿久悠の作品について 
(画面をスクロールしていくと、下の方に
”『舟歌』は、美空ひばりをイメージして作った”とのエピソードあり。)